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最後の「歩く瞑想」

2009年10月1日

バット・ニャ寺院、若い尼僧の手記

2009年9月27日、日曜日、私たちは皆で、”ガルーダの翼”禅堂に集まり座禅をし、その後一緒に禅堂の周囲で「歩く瞑想」[経行]を行う機会に恵まれました。この日は雨がひどく降っていました。ブラザー(僧)、シスター(尼僧)たちの衣はびしょぬれでしたが、皆、並んで歩き続けました。互いへの愛と理解に満ちあふれた、平和なひとときでした。私はと言えば、自らの内に信仰と愛が改めて輝き出すのを感じていました。

この日の瞑想が、活気に満ちたここの土地で一同揃って行う最後の「歩く瞑想」になろうとは、その時はまだ誰一人想像もしていませんでした。「歩く瞑想」を終えた私たちは、気づきの一日(the day of mindfulness)を迎えるべく、平安の内に準備を整えていました。その日は、仏の教えの心(The Heart of the Buddha’s Teachings)を学ぶ予定となっていましたが、結局実現はしませんでした。多分、この教えはそのまま非言語的な法話(Dharma Talk)として、この日私たちに与えられたもので、私たち修行僧一人ひとりの愛と洞察力とを試すものだったのかもしれません。

午前8時、私たちは部屋に戻り寝床の上に座って待っていました。正直に言いますと、自分が一体何を待っていたのかわかりません。過去数ヶ月と同じような日曜日が、その日もまた繰り返されるのだとばかり思っていました。ここ数ヶ月は、毎週日曜日になると、決まって怒鳴られ、罵倒されることが続いていました。私たちは、ただ、静かに腰掛けたまま、心を穏やかにして全てを受け入れるだけのことでした。

午前9時、山雲小村(Mountain Cloud Hamlet)に住む私たちは、僧たちの暮らす芳椰子葉小村(Fragrant Palm Leaf Hamlet)が襲撃されたという知らせを受けました。 何もかもが破壊されて、雨に濡れてびしょびしょになっているという話でした。若(い)僧と年配の僧が数人、無理矢理外に引きずりだされ、車で連れて行かれたとも聞きました...私たちはショックを受け、まさか現実のこととは思えませんでした。 が、すぐに一人の年配の僧と若い見習僧が私たちの村へ向かって駆けて来るのが見えました。衣はびしょびしょです。僧伽梨(Sanghati)[儀式用のお袈裟]を持ち出すのがやっとだったらしく、丸めたまま肩に担いでいました。

午前10時30、食をとってよいという許可が下りました。丁度、私は片づけ当番だったので、食卓に着く前に、台所を掃除して使った道具を片づけました。わらゴザの上に座って、応量器を手にしたその時です。すぐに自分の持ち物をまとめるよう言われました。一斉に応量器を置くと、部屋に戻って荷物をまとめました。この時、私たちの頭にあったものと言えば、僧伽梨、応量器、僧である証明証とIDカードだけでした。他の物は誰が持って行っても構わないと思っていました。彼らは貧困ゆえに、常に苦しい生活を送ってきたことは充分わかっていたからです。残念なことに彼らは、ネガティブな環境に育ったため、洗脳されやすく、事実をゆがめた情報によって扇動されやすいだけなのです。私たちと同じように、彼らもまた愛を受けるに値する人間なのですから。私たちは、暴力による被害者であり、彼らは無知と内省の欠如による被害者なのです。70,000から100,000ドン(350-500円)程のお金があれば、彼らに悪行を働かせるには充分すぎるくらいです。なんと気の毒なことでしょう!これが人間の価値でしょうか。彼らがこれから先何ヶ月も、いえ何年も自分の良心の呵責に耐えて、苦しみ続ける間、その苦しみに対して一体誰が給料を払ってくれるというのでしょうか。

午前11時30、6人の男たちが私たちの小村の周りにやって来て、戸をつついたり、怒鳴ったりしました。「尼さんどもは、ここから出て行け。俺たちを怒らすんじゃないぞ、怪我したくなかったらな。出て行かないと、痛い目に合うぞ!」身を寄せ合って静かに座っていると、ガラス窓の割れる音、砕け落ちる音が聞こえてきました。どの部屋にも男たちが押し入ってきて、私たちを家畜の群れのように外へ追い立てました。男たちは皆、鉄の棒を手にしていて、抵抗する者は容赦なくその棒で殴打されました。私たちは一人ずつ部屋から出て、建物の外の中庭に集まりました。外は土砂降りの雨でした。天の神様も、きっと私たちを想って泣いていらしたのでしょう。

全員中庭に揃ったと思い、気を付けてチェックしてみると、一人の若いシスター(Cong Nghiem)がいないことに気づきました。最近事故に遭ったばかりで、自分一人では動くことが出来なかったのです。中に戻って彼女の手助けをしたい、とおじさんたち(襲撃してきた男たちのことです)にお願いしました。そして、年配のシスターが彼女を負ぶって無事に出てきた時は、皆、心を打たれました。おじさんたちは見れば見るほど、気の毒に思えてなりませんでした。ひとりヘルメットをかぶった50才くらいのおじさんがいて、片足をひきずっていました。窓を叩きわっている時に怪我をしたのでしょう、手からひどく出血していました。救急用具の入った棚もめちゃくちゃに壊されていましたが、何とか消毒綿とガーゼと消毒用のアルコールを見つけ、傷の手当てをして上げることができました。おじさんの瞳に、心を動かされた様子が映っていました。私たちがおじさんのことを憎んでいないばかりか、心を込めて世話をしてあげたことに驚いたのでしょう。その時、私の心にあったのは、誰かを愛するとか憎むかという選択ではありませんでした。彼らが私たちにしたことについては、何も思っていませんでした。そこには、おじさんがいて私たちの助けを必要としていた。ただそれだけのことです。傷の手当てが終わると、おじさんは頭を下げて感謝を示し、ゆっくり端の方へ移動しました。降りしきる雨風の中で、私たちが寄り添って大人しくたたずんでいる様子をしばらく観察していました。おじさんは、もう、攻撃的ではありませんでした。そして、その場をそっと離れていったのです。 この時点で、私たちは誰一人怪我もなく無事でした。建物の中に残された者もありませんでした。互いに深い愛でつながっていることに気づかされ、私たちは幸せでした。他の誰かのために自分の命を投げ出すことになったとしても惜しいとは思いませんでした。また、私たちが理想とする、互いに理解しあい、愛し合う生き方を選ぶためなら命は惜しくないと誰もが感じていました。

(後半に続く)

ニューヨークタイムズより

ベトナム人禅師、政府の僧侶に対する強制退去に抗議

2009年10月9日、
ベトナム、ホーチミン市発(AP通信)
———仏教指導者として名高いベトナム人禅師が、彼の弟子たちが南ベトナムの寺院から強制退去させられた事件について抗議した。国内有識者有志も、弟子の僧、尼僧たちを支援するための署名活動を始めた。発言の自由が制限されている共産主義国ベトナムでは異例の出来事といえる。

ベトナム生まれの禅僧、ティク・ナット・ハン師は西洋社会に広く仏教を紹介したことで知られている。先週、彼はベトナムのグエン・ミン・チェット大統領に書簡を送り、約400人もの弟子たちが、警察の手によって修行していた寺院から強制退去させられたことを非難した。同事件に関する、指導者による初めての意思表明である。 弟子たちの話によると、9月27日、私服警察を含む暴徒らがラムドン省にあるバット・ニャ寺院を襲撃し、建物を破壊したうえ、棒で殴打し, 僧侶たちを強制的に寺院から追い出したとされる。

バット・ニャ寺院の事件は、ベトナムにおける宗教の自由に疑問を呈する出来事として、人権活動グループからも非難の声が挙がっている。

今週に入って、ベトナムの有識者、芸術家、元共産党員、反体制派による署名活動が開始された。彼らは、バット・ニャ寺院での事件につき、ベトナム政府の高官らによる事件の真相の調査、そして事件報道を避けている国営報道局の代わりにメディアによる自由な報道を求めている。

署名活動首唱者、ホーチミン市在住のジャーナリスト、また詩人でもあるホアン・ フン氏は、独自調査に取り組むことを政府に要求している。フン氏によると、要望書には国内外から200名以上による署名が集まっている。

署名活動の支持者たちは、また、米国国連大使に対してベトナム国連大使との面会を仲介してくれるよう依頼している。現在、国連安全保障理事会の議長国はベトナムである。

木曜日, グェン・フォン・ガ外務省報道官は今回の事件は二つの異なる仏教宗派による非暴力的な論争であると説明した。

「紛争があっただとか、僧侶らが逮捕されたり怪我をしたなどという報告は全くのでたらめです。」グェン報道官は定例記者会見で述べた。また、地方当局は、全ての国民の「安全と尊厳と生命と財産」を守ったのだと彼女は語った。

2005年に40年近い亡命生活を終えてナット・ハン師が帰国した当時を思い起こすと、今回のバット・ニャ寺院襲撃事件は、政策の一大転換を表すものといえる。当時、ナット・ハン師はベトナム政府当局より温かく迎え入れられ、その上、バット・ニャ寺院のドゥック・ニー住職は自ら、ナット・ハン師と弟子たちに寺院を提供したのである。

しかし、一年ほど前にナット・ハン師がベトナム政府に宗教警察の解散と国家の正式名称から「社会主義」を削除することを求めたことがきっかけに、僧侶たちと政府の関係は悪化しはじめた。

チェット大統領宛の書簡にナット・ハン師は、今回の警察の行動は、当時フランスによる植民地支配からベトナムを解放し、共産党時代を築いた革命的な精神と正反対であると指摘した。

「現在の警察と保安官たちは、明らかに革命の精神を受け継ぐ人々ではない」ナット・ハン師はペンネーム、グイェン・ラン署名で記している。「このような行動は私たちの母国の伝統的な倫理観に反するものである。」

ナット・ハン師の著書は世界各国でミリオンセラーとなっている。現在師の住む南フランスのプラム・ヴィレッジ寺院には、毎年数千人もの人々が師独自の進歩的な「行動する仏教」[engaged Buddhism]を学ぶため訪れる。「行動する仏教」では、瞑想と善行を活動の中心として最も重要視している。

プレスリリース 2009年10月5日

警察当局が心理戦に乗り出し、状況は悪化
2009年10月5日
ベトナム警察による僧侶たちの取り締まり: 379名の僧侶たちの解散を目的とした警察は心理戦に乗り出し、状況は危機的となっている。
町の北部の丘にある寺院での暴力を行使した強制退去から一週間が経過したが、379人の僧侶たちはいまだにバオロック(Bao Loc)の小さな町の中心部にあるPhuoc Hue寺院にすし詰めの状態で過ごしている。警察は法律効力のない強制退去を行い、寺院を囲い込み、僧侶たちを心理的に弾圧するため冷酷な組織的活動を始動している。
寺院の内部は依然として悲惨な状態である。十分な衛生設備はなく、寝具や雨風をしのげる場所も不足している。食べ物を届けようとする一般の支持者たちを、警察は妨害し続けている。警察の了解なしに、誰も寺院に出入りできない。寺院周辺に立ち入ろうとする者は、呼び止められ、ボディ・チェックと職務質問が行われる。写真撮影しようとする者は追い払われている。
心理的苦痛
「彼らは心理戦を使っている」と、ティック・ナット・ハン師の教えを守る仏教の師範、シスターDang Nghiemは語る(現在はアメリカのリトリートを率いる)。「彼らは僧侶たちを一人ずつ屈服させようとしているのです」。
極限的な圧力の下、行き場のない僧侶たちは瞑想による心の平安を保つ力、困難に耐える力を真に試されているといえる。法的手続きを介さずに秘密裏に僧侶たちの集団を解散させるため、政府は僧侶たちを精神的に追いやろうと、心理的な手段を使ったさまざまな不穏な試みをはじめた。手段は以下を含む。
- 僧侶たちに嫌がらせをするため、寺院の中に私服警官を配置。15人に1人の僧侶(だいたいは年上の僧侶)には、1人か2人の私服警察官が絶え間なくついて回る。
- 学校や道路で、僧侶たちを攻撃するような中傷的な宣伝を、拡声器を使って放送。
- 僧侶たちを保護・支援している住職を非難する内容のチラシを町中に何千枚と配布。
- 僧侶たちへ嫌がらせとして、寺院への強制的な立ち入り捜査が毎日行われる。
- 僧侶たちの家族に対し、自分の子どもが家に戻ってくるように説得するよう、圧力をかけたり、騙したりしている。
「警察は私たちに故郷に帰るように説得しようとしている。」と寺院の中にいる若い尼僧は話す。「だけど、もし故郷に戻ってしまったら、私たちは自宅監禁され、もう修業を積むことはできないと分かっています。」
バット・ニヤで強制退去が行われた時、僧侶たちに性的暴行を加えるため複数の女性が雇われたことが9月27日(日)に明らかになった。
「一緒にいさせてほしい」 若い僧侶たちの嘆願
バット・ニヤの僧侶たちは仲間と一緒に修業を行うという基本的人権を求め続けている。彼らの心からの願いは、一つのコミュニティーとして一緒に暮らし、簡素な生活を元に、精神的修業や社会奉仕の道を追求することである。彼らが共にあることを非難し、強制的に故郷に帰らせることは、まさに彼らの精神修養の道の根幹そのものを打ち砕くことと同じだ。
「私たちは僧侶です。私たちは解放の道を歩み進めることを選びました。そして、社会に奉仕し、人々を助けるために、血の繋がりのある家族のもとを離れました。 私たちのすみかはもはや寺院だけなのです。」(Phuoc Hue寺に避難している僧侶の言葉)

ベトナムの、そして世界のすべての良心あるみなさんへの手紙

ベトナムの、そして世界のすべての良心あるみなさんへの手紙
グウェン・ラム(Nguyen Lang) 歴史家、「ベトナム仏教史の批判的再考」著
親愛なるみなさん、
バオ・ロック市に位置するフック・フエ寺院において、400人の若者たちが包囲され,差し迫った攻撃の脅迫を受け続けています。この若者たちを守る為、皆さんに一刻も早く声を上げて頂きたいと心よりお願いいたします。この若い僧、尼僧たちは社会奉仕に命を捧げ、人々の苦しみを和らげ彼らを助けるために、一つのコミュニティーとして平和に住むことを望んでいるだけにもかかわらず、そのために攻撃の的となっています。

この15歳から35歳までの若者たちは、自らのそして他者の苦しみを変容する手段を学び、社会により多くの幸せをもたらすために、物溢れる贅沢な生活を勇敢に手放しました。彼らは私たちの祖国の伝統的価値である、利他の心、すべてを包みこむ心、恐れない心、嫌うことのない心、無差別の心といった精神を受け継いでいます。
この1年2ヶ月の間、肉体および精神的暴力を受けつつも、彼らは恐れることなく、希望をなくさず、そして憎しみや敵意をもたずに確固として修業を続けました。そして、わが国の伝統と知恵を立派に行動に表しつつ信念の道を歩み続けてきました。彼らの姿にふれるたび、私たちの祖国の若いこれからの世代の人々への信頼がゆるぎないものとなってゆきます。
彼らを守るために抗議の声を上げることは、仏教という宗教のためにではなく、祖国の将来がかかる、全ての若き美しいつぼみたちが残忍な行為によりつぶされてしまわないように守ることそのものです。彼らを育てる立場にある幸運な一人の人間として、私はあなたがたが親または兄弟として彼らを守るため、慈悲の手を差し伸べてくださることを確信しています。そして、彼らを守ることは私たち自らの子供たちを守ることであるのです。
敬具

緊急-プレスリリース 2009年9月30日午後5時(ベトナム時間)

ベトナム政府の真意が明らかに-強制退去からあからさまな迫害へ
ベトナムの警察当局および政府は、暴力を使って僧および尼僧を寺院から追い出し寺院を強制的に閉鎖しただけでは満足しておらず、彼らへの厳しい迫害を引き続き意図していることが明らかになった。
封鎖、暴力の脅威、威嚇、そして若い僧侶や尼僧たちの強制的な引渡し
376人の僧および尼僧たちが避難したBảo LộcにあるChùa Phước Huệ 寺を、制服姿の警官たちが封鎖した。多いときには200人ほど集まった警察官たちは、住職であるThai Thuan高僧を残酷なまでに激しく脅迫した。
警察の住職に対する威嚇として、街中に住職を中傷するビラが何千枚と配られたが、昨夜、ついに住職に15人の僧と尼僧を引き渡すことを要求してきた。警察官たちはもし自分たちの要求に従わないのならば、般若寺(Bat Nha)で起きた暴力的な破壊活動をこの寺でもおこなうと脅してきた。この極限の圧力を受け、住職は15人の若い僧と尼僧を警察に引き渡した。彼らは真夜中に警察の留置場に入れられ、その後サイゴンに連行されたとみられている。
行き場のない僧や尼僧たちはとても若く、ほぼ全員25歳以下で、多くは18歳にもなっていない。彼らは不安な状況において助けを得られず、全員で400人ほどが街中の小さなお寺に混み合いながら避難している。
年長の僧侶たちは若い僧侶たちから引き離され、嫌疑のないまま身柄を拘束されて、ハノイとニャチャンでそれぞれ自宅監禁されている。彼らの身元証明書などは没収された。
高僧たちからの初の抗議
ラムドン省仏教協会の会長であるHoa Thuong Phap Chieu高僧は昨日をもって会長の職を辞職した。また、地元の他の高僧たちも暴力を非難する声明を出し、異例にもそこに彼らの名前を連ねた(手紙はこちらを参照)。彼らはこの状況の平和的な解決を要求しており、僧侶や尼僧をサポートするべく6月にBat Nha寺院を訪れようとした際にさらされた暴力についても証言している。
カトリック教会からの支援
注目すべきなのは、Chùa Phước Huệ寺の住職が政府からの圧力に抵抗できなかったなか、周辺のカトリック教会の信徒たちが行き場のない僧侶と尼僧たちに避難場所を提供していることである。

プレスリリース 2009年9月28日 

ベトナムのBat Nha寺院(般若寺)が完全に破壊される
昨日の朝、150人の頑強な暴徒がベトナムのラムドン省にある般若寺を襲撃した。この集団は禅僧のティクナットハン師の教えを受けている130人の僧侶たちを暴力を用いて寺から追い出した。暴徒の中には平服の警察官も含まれていたとみられており、制服の警察官が周辺の道路を封鎖して人々が寺に近づけないようにしていた。政府の役人は寺院では何も起こっていなかったと主張し、この件に介入することを拒否している。
棒やハンマーで武装した集団は扉や窓を打ち砕いた。僧侶たちの何人かは18歳にもなっていないのだが、彼らは平和的な抵抗として座禅と読経を始めた。僧侶たちは暴行を受け、力ずくでその場から追い出され、土砂降りの雨の外に引きずり出された。そしてトラックとタクシーに無理矢理乗せられ、遠くまで連れて行かれた後、道路に放り出された。何人かは寺院から15キロ離れたところまで強制的に歩かされ、足がふらつこうものなら蹴られたり殴られたりしていた。最も年長の僧侶二人は、殴打され、嫌疑なしに逮捕された。今現在、そのうちの一人、Phap Hoi師の行方はわかっていない。
僧たちを襲撃した後は、暴徒は尼僧たちのいる二つの建物の方に向かった。彼らは扉を破壊し、230人の尼僧と出家志願者はひとつの建物に追いやられた。そこで待ち受ける暴力の脅威にさらされながら一晩を明かした。そして、他に選択肢もなく、大多数が25歳以下の尼僧と出家志願者たちは先が見えないまま自分たちの家を捨てていった。
Trung Hai師(Bat Nha寺院における ダーマティーチャー)は襲撃が起こった際にフランスに滞在していた。彼はこのように語る。「ベトナム政府と宗教委員会の「勝利」だ。彼らの「勝利」とはBat Nha寺院が完全に破壊されることだ。すべては壊された。すべての僧と尼僧は寺から追い出され、建物からは何もかもすべてが剥ぎ取られてしまった。
私たちの僧や尼僧は彼らにできることを十分にした。つまりいかなる困難にも非暴力、慈悲、そして赦しのこころをもって誠実に向き合った。ええ、もちろん彼らも「勝った」のだ。
今後は政府の良心と、ベトナム内外の人々の良心にかかっている。
私たちは誰も責めてはいない。誰に対しても怒りはない。私たちの敵は人々ではないのだ、それは貪欲さであり、嫌悪であり、無知なのだ。」
関連記事:
ASSOCIATED PRESS, 27.09.09: “Buddhists: Police, mob force monks from monastery”
AFP, 28.09.09: “Vietnam Buddhists flee amid threats”
Le Monde, 28.09.09: « Vietnam: des soeurs de la communauté des Pruniers évacuées d’un monastère »
バックグラウンド:
Bat Nha 寺院はベトナムで最も急成長をとげている寺のひとつで、また最もラディカルな寺でもある。またベトナムの若い人たちの間でとても人気がある。過去三年間に出家した僧や尼僧たちのほとんどは15歳から25歳である。よく知られている毎月のマインドフルネスの日には、400キロも離れたサイゴン、ダナン、ニャンチャといった大都市からも含め、およそ800人ほどの人がBatNha寺院を訪れる。高い山にあり滝や森といった自然の美しさに恵まれたこの寺院は、Stepfatherというテレビドラマが全国的に放映されたとき、その現代人である若いヒロインにとっての精神的なよりどころとして紹介されたことでその名をさらに広めた。

緊急プレスリリース - 禅僧の弟子たちが襲撃され暴力的に寺から追い出される 2009年9月27日

9月27日午前9時45分(現地時間)、150人の暴徒がベトナム、ラムドン省の般若寺(Prajna-ベトナム語ではBat Nha-Monastery)を襲撃し、ティクナットハン禅師の弟子である379人の出家者たちを暴力的な手段で強制退去させた。政府の役人はこの件に関し介入することを拒否しており、地元の警察がこの襲撃に関係しているとみられている。
非武装で無抵抗の僧や尼僧らに対し行き過ぎた暴力が振るわれており、これは国際的に認められた人権の原則を踏みにじる言語道断の行為だ。
平服の警察官も含むとみられる150人の頑強な暴徒は、早朝に寺院に入り込み、僧侶たちの宿舎の扉を壊し力ずくで建物に侵入した。制服姿の警察官たちが道路をバリケードでふさぎ、人々が近づいてこられないようにしているところが目撃されている。
暴徒たちは正式な黄袈裟を着け座って読経していた僧侶たちに襲い掛かった。非暴力を信条とする僧侶たちは自己防衛のために暴力を使おうとはしなかった。暴徒は僧侶の中で最も年長の二人、Phap Hoi師、Phap Tu師を見つけ出し、法衣を着けた彼らをそのまま土砂降りの雨が降る外までコンクリートの上を引きずり出した。
その後、暴徒は暴力的に僧侶と出家志願者たちを建物から追い出した。ひとりひとり身体を調べられ、カメラと携帯電話がすべて取り上げられ破壊された。こうして、6月に警察が電話線を切断してからの唯一の外部との連絡の手段すら奪われた。僧侶たちのわずかな持ち物は三階建ての建物のすべてから中庭に投げ捨てられた。
30人の僧侶は集団から隔離されており、寺院の中で身柄を拘束されているようだ。他の50人の僧侶は建設用トラックの後部と3台のタクシーに暴力的に押し込められた。見習い僧のひとりはのどを絞められ、別の若い出家志願者は強打のため出血していた。彼らはどこかに連れ去られ、現在行方がわかっていない。
それから暴徒は尼僧堂を襲撃した。まず山雲堂(Mountain Cloud Hamlet)に向かい、暴徒は扉を破壊して100人の尼僧と出家志願者を暴力を使って追い出した。尼僧たちは強制的に寺院を出て山を下りさせられた。雨の中で足元を滑らせた尼僧たちは、倒れた際に暴行を受けた。
暴徒たちはもうひとつの尼僧たちの建物に無理矢理入ろうとしたが、入り口の扉を破ることができていない。午後5時40分現在、尼僧たちは未だ建物の中にいる。
連絡先:
Brother Trung Hai, 般若寺シニアダーマティーチャー(フランス、プラムビレッジに6月21日より滞在中)携帯電話 + 33 688 438 509 または + 33 5.53.73.39.24
Mr Loc, インタービーイング教団在家メンバー(現在ラムドン省のBao Locに滞在中)電話+ 84 938 232 330 (ベトナム語)
2005年、中央政府の認可の下、僧および尼僧たちは般若寺住職に招かれ、般若寺でティクナットハン禅師の教えのもと修行をすることになった。しかし、2008年6月、住職は政府(特に宗教委員会や宗教警察)から僧および尼僧をこれ以上般若寺に滞在させないようにと圧力を受けていると述べた。以降、状況は悪化し、寺は暴力の脅威にさらされている。今年の6月29日に起きた前回の襲撃の時には、僧侶たちの身の回りのものや寺にあったものが押収された後破壊され、庵は焼かれている。
以前の記事を参照してください:
ASSOCIATED PRESS: “Tensions Rise As Police Question Monks Followers” – BEN STOCKING (Sept. 09) http://www.newsvine.com/_news/2009/09/22/3299207-tensions-rise-as-police-question-monks-followers
BBC NEWS: “Attack on Vietnam Monastery” (July 2009) http://news.bbc.co.uk/2/hi/asia-pacific/8168200.stm